他人の気持ちに寄り添えないのには理由があった
私の息子が5歳の頃のお話…。
その日は参観日でした。 幼稚園のお遊戯室で、クラスみんなで大縄跳びに挑戦する様子を見ていました。
すると、ある男の子(Aくん)の顔に縄が当たりました。 その子は列からはずれ、お遊戯室の端っこで泣き出しました。
それを見た他の子たちが心配し、Aくんを取り囲むように集まります。 そして、20人くらいの小さなクラスでしたが、そのほとんどがAくんの周りに集まり、「大丈夫?」と口々になぐさめ始めたのです。
はてさて我が子は? と思ったら、なんと5メートル離れたところに座り、しかもAくんに背を向けているではないですか!
「ああ、この子は人の気持ちがわからない子なんだな。空気が読めない子なんだな。」と私は思いました。
その日から私は、息子を『そういう子』として育てることにしました。
あの日から6年後。 息子が中学生になった頃、この時の出来事をふと思い出し、息子に思い出話としてなんとなく話をしてみました。
するとこの出来事を覚えていた息子から、思いもよらない言葉が!
「俺さ、かわいそうだな、痛そうだな、大丈夫かな、って思ってたんだ。 でもね、どうすればいいか分からなかったんだよね。」
え!そうだったんだ…。 分かっていたけど動けなかったんだ…。
これって空気が読めないんじゃなくて、ワーキングメモリが低かったってこと?
脳の情報処理能力がおぼつかなかったってこと?
経験不足もあったかしら?
そういえばこの人、注意力に欠けるし、忘れ物多いし、片付けできないし、言われたことすぐ忘れるし・・・・・
たしかにADHD傾向強めだよね。 私に似て。
現在、高校生。 今では、お友だちの悲しい気持ちや悔しい気持ち、うれしい気持ちに、彼なりの方法で寄り添えているようで、多くの友だちと仲良くしています。
お互いの『苦手』をお互いの『得意』でカバーし合う仲間がいたり、世話好きの女の子に助けてもらえたりと、小学校時代、息子は友人には恵まれてきたので、上手にマイペースに経験を積んで学んでこられたんじゃないかな。
息子は、元々、人の気持ちに寄り添える力持っていたし、環境でその力を育んでもらえたような気がします。